梶井基次郎の短編小説をいろいろと読みました。
彼の代表作が「檸檬」なので、本のタイトルも「檸檬」のものが多いのですが、私が読んだ作品集はこれ。
まず先に断っておくのですが、この記事は私の個人的な感想を書いています。いわゆる解説記事ではありません。世間一般の解釈とはかけ離れている可能性もありますので、ご了承ください。「ああこういう風に感じた人もいるんだなぁ」ぐらいの気持ちで読んでいただけると幸いです。
さて、まず作品全体に言えることなのですが、やはり作者自身が肺を患っていたようなので、作品に出てくる主人公も病気持ちの人ばかりですね。繊細でいつも沈んでいる気持ちは病気のせいなのか、もともとの気質なのか・・・。
木や鳥の名前がよく出てきますね。「檸檬」作中でも「檸檬が好きだ」と書いていただけあって、自然のものを眺めるのが好きだったのかな、と感じます。
一冊読み切ってみて、やはり「檸檬」が一番好きだと思いました。理由は、共感できる箇所が多いからです。
まずは「檸檬が好きだ」ということに共感できます。私も檸檬が好きです。あんなに爽やかなものはこの世になかなかありません。パキッとした鮮やかな黄色。あれが青い空のもと、艶々とした葉とともに生っているのを見ると、こちらの心まで洗われます。ああ、瀬戸内海辺りに行きたい。
さらには香りまで爽やか。頭をプシュッと活動モードにしてくれます。食べてみたらもっとプシュッ! ついでに形までかわいいと来た。完璧ですね、檸檬は。
内容が前後しますが、こんなことも書いてありました。
時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。(中略)そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。
小説を読むのが好きな人は、得てしてこの感覚が好きなのではないでしょうか?
旅ではなく読書をすることで、私たちは別世界を楽しんでいる気がします。小説は自宅にいながら脳内旅行ができる、とっても楽しいコンテンツです。知らない世界を想像して、その中を冒険することは本当にワクワクします!
「檸檬」のいいところは、ほんのちょっとしたことで気分がガラッと変わるところですね。檸檬を買っただけでこうですよ。
――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛
んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗
かった憂鬱が、そんなものの一顆
で紛らされる――
私は彼にとっても共感できるのですが、みなさんどうでしょう?私が単純すぎるのでしょうか? あるいは私が鬱々とした気持ちでいることが多いせいでしょうか?
コンビニでちょっと良いデザートを買ったとき、街でかわいい犬を見たとき、綺麗な花が咲いているのを見たとき、空の色がきれいだったとき・・・。ちょっとしたことで私の気分はコロッと変わってしまいます。
私は一人でいるのが好きで、普段人とあまり関わらないようにしています。きっと強い刺激が苦手だから避けているんだと思います。もしかしたらこうやって過ごしているからこそ、小さな自然の美しさや変化にも反応するのかもしれません。これぐらい穏やかな刺激のほうが、私には合っているなぁと思うのです。
「檸檬」にはこういった”穏やかな刺激”があります。だから私はこの作品が好きなのかもしれません。
物語の最後でも、ちょっとしたいたずらで穏やかな(ちょっと強めかも?)刺激を得ていますよね! こうやって日常にちょっとした幸せやワクワクを見つけるのが大事なんだな、と思いました。
「檸檬」は短いですがとても素晴らしい作品です。穏やかな刺激を感じたい人にはうってつけの作品でしょう。そして日常の小さな幸せを見つけるヒントが隠されています。さらっと読める作品ですので、ぜひ読んでみてください。


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